『TOWN』誌インタビュー全訳

TOWN_spread

たくさんのリクエストをありがとうございました!

お約束通り、『TOWN』誌に掲載された私のインタビューを全訳しましたので、下の「→」をクリックして読み進んでください。

 

ミサハラダのウエストロンドンにあるショップとアトリエは活気に満ちている。
「この箱たちのことは気にしないでくださいね」と原田。「新しいコレクションを出荷するところなんです」
ショップの壁のひとつは、さまざまな色やかたちの帽子に覆われている。“婦人帽子職人”、原田が手掛けるデザインには面白く斬新なところがあるが、そこから伺い知れるのは彼女のロンドンに対する初恋──クラブシーンへの憧れだ。

日本で生まれて育った原田だが、ロンドンでの暮らしはすでに25年以上になる。サリー芸術デザインインスティテュート(現UCA芸術大学)に学び、続くロイヤル・カレッジ・オブ・アートでは修士号も取得した。
「私がロンドンに来たのは純粋に“学問”のためでした。でも、音楽やダンス、ファッションといった当時のクラブシーンに、完全に取り込まれてしまいました」と彼女は振り返る。「当時から帽子を作っていたわけではありません。それよりはもっと服のほうに関心がありました。自分で作った服を着てタブー(※)のようなクラブへ出かけていましたね」
そして、余談ながら…と付け加える。「そこからはもう後戻りしなかったのですが、ファッションを勉強するということを父に納得させるのに丸2年かかりました」

TOWN_spread

そんなダンスカルチャーに魅了された女性にしては、街路樹が連なる瀟洒なウェストボーン・グローブに居を構えるとは、奇妙な選択のようにも思える。なぜ、“ウエスト”なのか?
「えーっと、こちら側に住んでるから、でしょうか」と彼女は笑う。「でも、この界隈の女性たちがとてもスタイリッシュだから、というのもあります。彼女たちはトレンディでなければいけない立場でもないのに、とてもオシャレにしているんですよ」
原田の作品はフォーマルなものも多いので、結婚式やロイヤルアスコットに使われることもあるのだとか。「皆さん、これまで以上に帽子に興味が出てきたように感じます」

エレガントなガラスのファサードが迎えてくれる彼女のショップ。その下のアトリエでは、大きな白いテーブルを囲んで3人のアシスタントたちが、最新作に最後の手を加えていた。ラジオから流れる音楽を伴奏に、ミシンの音を響かせながら。
コレクションのイメージを伝えるムードボードの鮮やかな色彩と伝統的な茶色の帽子の型紙を見ていると、2人の“原田“像が浮かび上がってくる。80年代をクラブキッドとして過ごした女性と、初めての職場が英王室御用達の帽子ブランド、フレデリック・フォックスだったという女性の。

「フレデリック・フォックスには4年間いたのですが、そこで作っていたのは行事用の特別な帽子でとても高価なものばかり。もしこのまま、何かもう少しファンキーで面白い帽子を私が作り始めなければ、若い人たちは帽子をかぶらなくなってしまうのではないか? 当時はそんな恐怖心にとらわれていました」
1998年に自身のブランドをスタートさせて以降、彼女はキャサリン・ハムネットやティエリー・ミュグレーといったデザイナーたちのためにも帽子をデザインしてきた。同じく、シザー・シスターズやブリトニー・スピアーズ、ザ・ローリング・ストーンズのためにも。
ところで、彼女の帽子をかぶってほしい“夢”の顧客は「オードリー・ヘップバーンとアンソニー・ホプキンス!」だという。ホリー・ゴライトリーとハンニバル・レクター。こうして原田とじっくり話してみた今ならば、まさに納得の人選である。

※タブー:リー・バワリーやボーイ・ジョージ、ジョン・ガリアーノらが足しげく通った、80年代中盤にわずかな間だけ存在した伝説のクラブ

0 Comments

Leave a reply

Your email address will not be published. Required fields are marked *

*